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STORY

エルメスを編む人

Olivier Wicker

オリヴィエ・ウィッカー

エルメスのエディトリアル・コンテンツ・ディレクター、『エルメスの世界』編集長

11月のテーマは「ブキニスト」。セーヌ川沿いに深緑の軒を連ねるブキニストと呼ばれる古書店は16世紀頃に生まれたパリの景観のひとつです。本という文化を大事にしているのは、私たちエルメスも同様で、年に2回発行する『エルメスの世界』は、編集長であるオリヴィエ・ウィッカーのもと、エルメスの今と未来、これまでの伝統が紡がれます。

いざ、エルメスの世界へ!

――本もまたオブジェである。

『エルメスの世界(Le Monde d’Hermès)』は1973年に創刊し、発行部数は現在60万部、11カ国語で印刷されています。そう聞くと、とても大きな媒体と思われるかもしれませんが、その一冊に込める思いは、手仕事の技を使った、まさにエルメスのオブジェと同じです。エルメスは毎年、年間テーマというものを掲げているのですが、私たちはその年のテーマによって、都度新しいアートディレクター、写真家、執筆者といった小さなチームをつくり、最高の形で表現することを目指します。これは信じられないかもしれませんが、創刊号はドイツ語で書かれていたのですよ。その2年後にフランス語版も発刊されましたが、この冊子はジャン=ルイ・デュマ氏(5代目社長)の楽しみが非常に詰まったものだったのです。

――シルクロードの歴史。

8年間、年に二度の制作を行ってきましたが、特に思い出深い号がふたつあります。ひとつは「軽やかさ」をテーマにした2022年秋冬号で、自由な見開きページを試みました。もうひとつは、「イノベーションの動き」を紐解いた2020年春夏号です。私たちはイノベーションの象徴として、シルクロードの歴史を追いかけました。なぜなら、それこそが初めてアジアとヨーロッパが商業的な理由で交流した瞬間であり、その事実が世界にとってどれほど革新的なことであったのかということを表現すべきだと思ったからです。

――フォーブルは不思議の国。

今年は「フォーブルの魂」をテーマに、春夏、秋冬と2号にわたりお届けします。私自身、フォーブル・サントノーレ店の中に入ると、よく迷子になったことを覚えています。それは、アリスが穴に飛び込んで異世界にたどり着く『不思議の国のアリス』の話を思い出させました。そして、不思議の国へと行くアプローチ、つまりフォーブルのお店がさまざまなオブジェ、絵画、そこで働く人で満ちており、それらが織りなすある種のダンスやバレエのようなものが毎朝展開されているという考えをこの一冊で表現できたらと思いました。一例としては、フランスの作家、フランソワ=アンリ・デゼラブルに、フォーブルの上階にあるエミール・エルメス・コレクションで一晩過ごしてくれるよう依頼しました。そして、一晩そこで過ごした彼からは、一人称の視点で書かれた短編小説が届きました。主人公はオブジェと一緒に旅をし、ナポレオンやヴィクトル・ユーゴーと会話をしたり、古代エジプトを巡ったりしたのちに、最後に目を覚ますのです。

©︎ Hiro Kijima

――つながる日本文化。

日本文化とのつながりにおいてすぐに思い及ぶのは、雑誌の原材料である「紙」です。日本人は紙づくりの名人で、驚くべき紙をつくり出します。それから文学で言えば、多くのフランスの読者と同様に私も村上春樹氏の文学が好きですし、ここ数年で、また新たに日本人作家の小川洋子さんと出会うことができました。彼女の作品は世界中で翻訳されており、彼女の短編集はとても精緻で大胆です。そこで、私は彼女に、この秋冬号のために短編小説をお願いしました。日本人作家である彼女の目を通して、フォーブルの精神がどのように映るのかを考えてもらいました。

©︎ Hiro Kijima

――迷子の先にあるもの。

私は日本を訪れるたびにすっかり迷子になるんです。迷子になると言いつつも、東京で迷子になるのが大好きなのです。なぜなら、東京は小説や作家の世界そのものですから。銀座メゾンエルメスもそのひとつで、まずその構造、レンゾ・ピアノ氏のウルトラモダニズム(超近代的)なデザインからして、世界で唯一無二の場所だと思うのです。この建物は、商業用であろうとなかろうと、世界に類を見ない建造物です。荘厳でありながら、街の中で眺めることができます。夜になれば建築美はさることながら、奇跡的な夜想曲が流れるかのようです。

――冊子が伝えること。

エルメスのウィンドウディスプレイの前では、私たちは微笑んだり、ときに子どものように笑ったりしながら細部に見入ります。『エルメスの世界』も同じく心を開かせるものでなければなりません。日本文化には非常に繊細な表現方法があり、ときおり比喩的でありながら詩的で、あまり直接的な表現を選びません。我々の冊子も同様で、エルメスがいったい何者なのかということについて少し謎めいたものを残しておくように心がけています。美しい紙と、素晴らしい作家たちと、質の高い雑誌を謙虚につくること。何か気持ちが昂り、夢を抱かせ、目に心地よきものをお届けしたいと毎号考えているのです。

Olivier Wicker

オリヴィエ・ウィッカー

エルメスのエディトリアル・コンテンツ・ディレクター、『エルメスの世界(Le Monde d’Hermès)』編集長。ジャーナリストとして活躍したのち、2011年まで『リベラシオン』紙の編集長、2013年まで雑誌『ル・ヌーベル・オブス』の別冊『オブセッション』のエディトリアルディレクターを歴任。1973年創刊の『エルメスの世界』(年に2回刊行)では8年間、編集長とアートディレクターを兼任。

Photo: Dimitris Lazarou

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