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エルメスの新しい
絵本ができるまで
11月のランタンエルメスのテーマは「ブキニスト」。ブキニストと呼ばれるセーヌ川沿いに軒を連ねる古本屋さんは、古くからあるパリをあらわす街並みのひとつです。そして、そんなテーマにぴったり合うように、エルメスの絵本の第2弾『エルメスのえほん くるくるとステッチ』(講談社)が誕生したばかり! 最初の絵本『エルメスのえほん おさんぽステッチ』(講談社)の登場からはや2年。さあさあ、新しい物語はどんなだと思いますか? 1作目に続き、作・絵を手掛けた100%ORANGEのおふたりにちょっとおはなしを聞いてみましょうか。
絵本に広がる
エルメスのものづくり。
――今作を描くにあたり考えたこと。
最初の絵本をつくるためにフランスに渡り、パリにあるレザーのアトリエや、リヨンのシルクスカーフのアトリエなどを見学させていただきました。その際に、職人さんや職人さんたちが使う道具、工房の雰囲気など、いろいろなものを自分の目で見ることができました。街の緑がキレイで、建物にはルーバー窓がついていて、信号も日本とは違うんだな、横断歩道もこうなっているんだなとか、意外とそういう街の様子ごと見られたのもよかったんです。
前回の物語は、職人の技が持つ力みたいなものをテーマにしました。アトリエで見た職人技がすごいなって感心したのですが、使い込まれた道具にも惹き込まれるものがあって、それを今作ではぜひ盛り込めればと考えました。用途が決まっていてそれしかできない道具、形=機能みたいなものにものすごく惹かれるんです。道具として、ひとつのことしかできない切なさ、美しさといったものに光を当てたようなおはなしができたらって。アトリエでは最後、職人が電気を消して帰ると思うんですが、暗くなって、すごくシーンとしていて、その暗闇の中にそれまで使っていた道具があった。ああ、これだけでなにか物語ができそうだなあって思ったんです。
――物語の構成の秘密。
そもそも性格的に似たようなのはつくりたくない人間なんです。ですので、1作目の主役であるおじさんやステッチがまたずっと出ているというよりも、途中から登場してきたら子どもは嬉しいだろうなと思って、そういう展開にしています。今回の主人公は糸のくるくるですけど、最終的には前作を読んだ人にもつながるように。
物語としては、糸巻の視点で小さいテーブルの上からはじまって、どんどん引いていくという場面展開を考えました。アトリエを見学している間、職人さんの机の上の世界が面白いなと思っていたんです。最初は机なんですけど、少し引くと仕事場だ、もうちょっと引いていくとお店だ、あっ、お家だったの? みたいな。家だってわかったときに、おじさんとステッチもいて、「あっ、つながった」みたいなことができたらって。視点が変わっていくことを一番大事にしましたね。
あと、絵本を最後まで読んだときに見つけてもらえるような、とある仕掛けをつけました。子どもたちが「なんかあるよ?」と驚いたり楽しんだりしてくれたら嬉しいです。
――少し裏話。
最初は、物語の主人公は糸巻ではなくて針にしようかなと思ってたんです。でも、針という存在が細すぎて、目や鼻を入れてもあまりかわいくなくて(笑)。そこでアトリエで見た糸巻のことを思い出しました。鞄はひとつひとつ職人が糸と針を使って縫っていくわけですが、糸は針とは違って鞄の一部として残ります。鞄に残って、持ち主と一緒に街に出掛けていくんです。
――ふだんの仕事ぶり。
僕たちは、手描きの感じが残っているようなものが好きなので、手で描くことを大切にしています。ただ、今回はエルメスの世界に合うように、手描きのおおらかさと、パソコンを使ったグラフィカルな色面構成を掛け合わせたような手法を選びました。そうすることで、手描きのよさに、ちょっとデザイン的要素が加わってくるんです。
見開きの下絵を色ごとにトレーシングペーパーで写しとって、色の数だけ版をつくります。トレーシングペーパーの版をスキャンしてパソコンに取り込み、色を指定して、最後に版を重ねて1枚の絵にするんですね。リヨンのアトリエでエルメスのシルク製品のつくり方を見させてもらって、規模感は違いますけど、自分たちがやっている絵の描き方と同じプロセスなんだということを実際に見ることができてすごく共感しました。
――フランスの影響。
なんとなく僕のフランスは、映画監督のジャック・タチが描く、寡黙なおじさんが歩いているだけでおかしみが出てくるような、そういうたぐいのものです。美しいだけでなくて、ユーモアやシニカルさがある。色や形がキレイなだけでなくて、ちょっと意地悪だったりするとエレガントに見えたりする。だから、絵本に出てくるおじさんも黙々と作業しているようなイメージで無口です。
フランスのイラストレーターたちにも影響を受けました。広告を描いていたレイモン・サヴィニャックから好きになって、それから、『いたずらロラン』や『わにのなみだ』などを描いたアンドレ・フランソワ。ジャン・ド・ブリュノフの絵本『ぞうのババール』も昔から好き。アトリエを訪れた際に、パリの古本屋さんに寄る時間があったんですけど、買えたら嬉しいなって思っていたナタリー・パランの絵本とも出会うことができました。
僕たちは絵本を描くまで、エルメスのことをほとんど知らない人生を送ってきましたが、実際に触れてみると、思っていたよりも面白いし、いい意味でこんなにふざけているのか、楽しいものなんだなって理解ができました。おしゃべりなおじさんが案内してくれたリヨンのシルク工房も面白くて、過密なスケジュールの中で訪れたのですが、現場ではずっしり重たい安全靴を履くことになって、いよいよクタクタになったのもいい思い出です。ただ、その情けない記憶をきっかけに帰国後すぐにウォーキングをはじめました(笑)。
100%ORANGE
100%ORANGE
及川賢治と竹内繭子のふたり組。イラストレーション、絵本、漫画、アニメーションなどを制作。イラストレーションに「新潮文庫 Yonda?」(新潮社)など。『よしおくんが ぎゅうにゅうを こぼしてしまったおはなし』(岩崎書店)で第13回日本絵本大賞を受賞。