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STORY
エルメス、
時(とき)の案内人
Philippe Delhotal
フィリップ・デロタル
エルメス・オルロジェ
クリエーション&製品開発・ディレクター
時間は、エルメスにとってのオブジェです。「時」を楽しむために時計をつくります。スイスに本社を構える、エルメス・オルロジェ社のクリエーション&製品開発・ディレクター、フィリップ・デロタルが手掛ける新しい時計とともに、エルメスと時間の長く親密な交わりを紐解きます。
「時」はよきパートナー。
――時計づくりと時間の関係
エルメスでは、時計というオブジェをデザインしていくプロセスで、「時」という概念を組み入れます。私たちが考える時間とはとりわけ、ものごとを充実させる時間のこと。「時間がものごとをよくするのだ」とメゾンではよく言われますが、我々のそばで助けになるのはいつだって時間ですからね。つまり、つくろうとするオブジェの姿を練り上げ、かたちにするには時間が必要ということです。
そう考えると、時間はむしろパートナーとも言えます。時間は私たちを支え、デザイン開発のときにそばにいてくれる存在です。正しいかどうかは別として、私たちはネガティブな時間のとらえ方をすることがしばしばあります。時間によるストレスです。時間に追われると、問題を解決したり、探し求めている答えを横から差し出してくれるのもまた時間だということを忘れがちです。私にとっての時間は友人のようなものだと言えますし、身近にいて、デザインに向かう静けさを与えてくれる大切な存在なのです。
――エルメスの時計が特別な理由
私たちの時計にはエルメス固有の特別なスタイルがあります。なかでも、フォルムのボキャブラリーは非常に個性的だと言われています。そして、もうひとつの大きな特徴は文字盤です。独自のタイポグラフィーは、私たちのオブジェに印すシンボルでもあります。隅から隅まですべての要素が完璧に組み合わさった時計というオブジェを見て、人はこう言います。「ほらごらん、これがエルメスの時計だよ」と。見た瞬間、心をつかんで放さない魅力があるか、感情をかきたてるか、身に着ける人に意味を与えるものなのか?——これに応えるのがメゾンの力なのです。
オブジェはあなたに語りかけます。つまり、オブジェを見つめる人と、オブジェの間に関係性が生まれます。私が惹かれるのはこの関係性です。オブジェを見つめることで生まれる世界観の中にあなたを連れ出してくれるしょう。たとえば、いま目の前に花瓶があります。花瓶はそのフォルムを、色を、構造を、仕上げを通じて何かを語りかけます。私たちの時計ひとつにしても、それはまったく同じで、お互い心通わすことで、あなただけの物語がつくられるのです。
――時がもたらす
インスピレーション
ものづくりはオフィスではなくほかの場所で、旅をしながら、と私たちはよく言います。私にとってそれは自然の中であり、こと山で過ごす時間はとても大切なインスピレーションの源です。山の生活は私を束縛したり、ストレスを与えるといった時間のひとつの概念から解放し、自由にしてくれます。山を散策するうちに私はこの自由を得ることができ、最終的にこれまでと違う考え方ができるのです。大事なのは束縛がなく心が解放されるところに身を置くこと。
もうひとつ、私が大切にしているのは、何もしない時間です。何かをするときと、何もしないときでは、時間の概念はまったく異なります。ひとところに身を置くということ、そして何もしないということ。私は時間の使い方を変えるのは大いに贅沢なことだと考えています。
――日本で感じる時のあり方
レストランで食事をした際に、料理人の目の前の席に座るという幸運に恵まれました。彼らの仕事ぶりを見るにつけ、ここには本物の時の概念があると感銘を受けました。彼らが料理を完成させる時間はすべてにおいて完璧に計算され、念入りに準備されていたのです。彼らの仕事にはあせりもストレスも感じられず、料理は時間の流れにそって坦々と供されました。理想の時間はこうあるべきだと思いましたね。
――銀座メゾンエルメスを訪ねて
レンゾ・ピアノの建築にはいつも感銘を受けます。光の使い方が非常に印象的な建物です。ここには光が、明るさが、輝きがあります。それはこのメゾンが誇る美しいシグネチャーだと私は思います。
HERMÈS CUT
エルメスの新しい時計
新作はシンプルなフォルムの追求がテーマです。なぜかというと、エルメスのオブジェが何よりもシンプルで、それが独自性だから。
新作であるこの《エルメス カット》のかなり独特なフォルムには少し歴史に由来することがあるので、そのエピソードをお話しします。先史時代には、ただ打ち砕いただけのシレックス(火打石)や小石がたくさんありました。それらはごくシンプルなフォルムで、この時計に通じるものがあります。こうした自然の造形は人間工学的に快適なんだと思いますし、ソリッドにも見える。だからスポーティーなこのデザインにヒントを与えてくれると思えました。
この時計がみなさんの何か特別なエモーションに働きかけることを願っています。もちろん、開発にもたっぷりの時間をかけましたよ。
Philippe Delhotal
フィリップ・デロタル
エルメス・オルロジェ社のクリエーション&製品開発・ディレクター。1962年、フランス生まれ。スイスのエルメス・オルロジェ社で、時計製作におけるクリエイティブと開発部門のディレクターを務め、エルメスの時計全般の製作を手掛けている。