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メゾンが発行する
『エルメスの世界』
アートディレクターの話
エルメスの年間テーマを掘り下げる雑誌『エルメスの世界(Le Monde d’Hermès)』。パリのフォーブル・サントノーレ店の過去と現在を繋ぐ今年、そのゲスト・アートディレクターに、ロンドン発の食文化雑誌『The Gourmand』などを手掛ける気鋭、デイヴィッド・レーンが抜擢されました。その誌面づくりには「フラヌール(そぞろ歩き)」の精神が息づいているようです。
――フラヌールとは何か?
フラヌールという言葉には、ただ「ぶらぶら歩く人」というだけに留まらず、さまざまなニュアンスが含まれています。たとえば、目的を持たずに歩きながら思索を巡らせること、目の前に広がる風景に眼差しを注ぐこと、あるいは、自分が誰かから見られること……。1日に少なくとも2時間の散歩を日課にしていた私の父は、まさにフラヌールと言えるかもしれません。そのおかげか、80歳になった今も、心身ともにとても元気です。
私はと言えば、歩くと同時にできるだけ多くのことをしようとする傾向があります。また、とても早足で、ぶらぶら歩いている人をどんどん追い抜くタイプです。仕事が忙しく、常に時間に追われているため、そうなってしまうのでしょう。だから、今の私にとって、したくてもできないことの筆頭が、ぶらぶら歩きと言えるかもしれません。
――ぶらぶら歩きに最高の街、銀座。
そんな私が久しぶりにフラヌールをして時間を過ごせたのは、訪れた東京でのことです。1週間の滞在中、毎日2万歩は歩いたと思いますから。いかんせん巨大な街なので、くまなく見られたとは言えませんが、根津美術館の庭園の素晴らしさは忘れられません。東京ほどノープランで歩くのにうってつけの都市はないんじゃないでしょうか。とりわけエルメスがある銀座は、道路が格子状で見はらしがよく、ぶらぶら歩きに最高の街。これといった目的地がないときでも、どこかを目指して歩いている気分になれました。
――ひとつの場所に留まらない、フラヌールの精神。
エルメスの世界には、クリエイティブな思考を育むための余地が常にあると思います。それは、カタログや形式的な決まり事は存在しないことにも表れています。守るべきものがあるとすれば、DNA、ムード、そして、メゾンがおこなうすべてに共通するアプローチだけ。ひとつの場所に留まることなく、常に変化し続け、あらゆる場面に驚きをもたらすこと。その姿勢こそ、フラヌールの精神なのだと思います。
――センスと好奇心が、歴史を育む。
フラヌールの精神をもっとも体現しているのは、やはりフォーブル店に収蔵されているエミール・エルメス・コレクションでしょう。ロジックやルールに従ってつくられたものはひとつとしてなく、収蔵品にラベルや日付はついていません。このコレクションを牽引してきたのは、関わった個々人のセンスと旺盛な好奇心です。ミュゼに収蔵されている収蔵品を目の前にすると、それらが今のメゾンのオブジェに与えた影響の大きさが伝わってきます。
――『エルメスの世界』に込めた想い。
今年、私はエルメスの年間テーマを掘り下げる雑誌『エルメスの世界』に、ゲスト・アートディレクターとして関わりました。ゲスト編集長のムヌー・ドゥ・バズレールとともにつくり上げた誌面は、古いものと新しいものをコルポルタージュ(イラストで描かれた昔の訪問販売用カタログ)のように並べて構成されています。それはエルメスの世界を過去から現在へと巡り歩くという見せ方によって、フラヌールの精神を表現したかったからに他なりません。
© Hiro Kijima
Le Monde d’Hermès 2024 S/S
David Lane
デイヴィッド・レーン
クリエイティブディレクター、Lane & Associatesの創設者。2017年よりエルメスのヴィジュアル制作に関わり、映像、キャンペーン、イベントを制作している。
Photo: Rick Pushinsk