創造のモノローグ
論理性と偶発性、ふたつの 世界をたゆたう想像の冒険

アーティスト
ホリー・ヘンドリー
私の名前はホリー・ヘンドリー。ロンドン在住のアーティストです。エルメスとの出会いも、銀座のウィンドウディスプレイを手掛けるのも初めての経験で、とてもワクワクしました。
波の上と、波の下の異なる世界
エルメスの年間テーマである「冒険の呼び声」というフレーズを聞いた時、まず航海を想像しました。そこから、海の波を科学的な側面と、夢想の世界の両面で捉えた作品をつくれないかと考えました。そこで手に取ったのが、波の動きを人々に理解させるための木製の波動実験モデル「ウェーブマシン」。すだれ状に連なった木の棒を動かすことで波を視覚化させる教育的ツールです。

正面入り口の左右にある大きなウィンドウでは、「ウェーブマシン」でつくられる波を境にして上下で異なる世界が表現されています。波の下は規則正しく歯車が回る論理的な世界ですが、波の上はもっと曖昧で、偶発的で、たゆたう状態を意味しています。それはある一定のリズムや循環のもとに生命を維持しながらも、日々さまざまな思考や感情に揺れ動く私たち人間のあり様とも似ていますよね。
古代の水夫たちの
想像力と遊び心
左のウィンドウの波の下の世界に、木製の馬の鞍のようなものがあるのが見えますか? 海と馬なんて関係ないと思われるかもしれませんが、中世やルネサンス期の海図にはよく半馬半魚の海獣が描かれていたんですよ。人工衛星もソナーもない時代に海を渡る船乗りたちは、大海原に浮かぶ島々を異界のモンスターになぞらえたんです。未知なる世界を夢想した想像力や遊び心は、エルメスのものづくりに通じるものでしょう?

素材の可能性を
広げる職人技
もちろん、鞍はエルメスのルーツを想起させるアイテムでもありますしね。また木でできたウェーブマシンや鞍の骨組み、サドルツリーの他にも木製のからくり玩具にヒントを得た部分もあり、それらは素材の可能性を押し広げるクラフトマンシップを象徴するもので、エルメスが大切にする職人技への敬意とも響き合います。


16個の小窓のディスプレイは、私のアトリエの一部を覗き込むようなイメージです。ポストカードや封筒、地図、文房具など旅に携えるアイテムを取り入れ、その一部を陶や金属で手づくりし、エルメスのオブジェを置きました。たとえば、瓶に封じて海へ流されたのは、シルクスカーフ、ツイリーの《シュヴァル・ドゥ・クール・バンダナ》。このロマンあふれるボトルメッセージは、宛名のない手紙です。そのほか、キスマークのレザーネックレス《リップス》が添えられたポストカードや、秘密の宝箱を開く鍵がモチーフのレザーネックレス《クレ》で結ばれた巻物など…オブジェが物語を綴ります。
私は実写とアニメがドッキングした映画『ロジャー・ラビット』(1988)をよくヒントにするのですが、描かれたアニメーションの背景が俳優の実在性を浮き彫りにすることってありますよね? それと同じで、私が制作した空想の世界が、エルメスのオブジェのリアリティを際立たせることができたのではないかと思っています。

リズミカルに動くウェーブマシンの上で、エルメスのスカーフ、カレを帆にした船は波に翻弄されながら、予測不能な冒険の旅へと繰り出していく――。このウィンドウの前で歩みを止めた人の心が一瞬、まだ見ぬ彼方へといざなわれたとしたら、とても嬉しいです。